【曲紹介ばいおん】交響曲第4番『尽きせぬ想ひ』Symphony No.4“Inexhaustible Longing”
日に日に冬も深まり、みんなで鍋inこたつなどが恋しくなってまいりました今日この頃、あまりの寒さに思わず先生も走り出す世間の皆々様、いかがお過ごしでしょうか。
どうもこんにちは、企画係です。
4週に渡ってお送りしてまいりました、今回の《ハートフルコンサート2020 -尽きせぬ想ひ- 》(通称、鳩コン)にまつわる曲紹介ばいおんもいよいよ本日でラスト。
トリを飾りますのは、長生淳作曲
交響曲第4番『尽きせぬ想ひ』
Symphony No.4“Inexhaustible Longing”
です。
最初に演奏会のタイトルを見て
「は?尽きせぬ??想?ひ???ナニコレ?」
となったみなさま方
まあそういうことです。
(万が一まだ整理券を申し込んでいないという方がいらっしゃいましたら、今すぐこのホームページのトップに飛んでください。らいとなう。)
さて、この曲について詳しく語ろうと思いますと、まず私たちの活動についてお話するところから始まります。
(長くなるZE☆)
SUWOの一年間の活動は、毎年4年生が
「自分たちの代ではこれをやりたい」
という指針を元に前年までに年次計画を練っておくことで進んでいきます。
今年の4年生が2020年の活動の軸として打ち出したのは、
「自分たちの曲を作ろう!今の活動を後世に残そう!!」
という企画でした。
なんでそうなったかというと…昨年はまぁいろいろありまして(→【大学再編に当たって吹奏楽団が抱える問題とそれについての意見】 | 静岡大学吹奏楽団 (shizuoka-windorchestra.com))、吹奏楽団のこれまで通りの活動が出来なくなるかもしれないという状況だった、という理由が大きくあります。(あと4年生に「ウチらの曲ってよくね?超アガんじゃん」となるミーハーな人種が相当数いたという理由も小さくあります)
そんなわけでサァ委嘱作品だ、誰に頼もう。
候補は本当にいろいろと出ました。
F島さんとかT屋さんとかS水さんあたりの中高生の人気どころを推す人もたくさんいましたし、
スパークやヴァン=デル=ローストといった海外大御所の名前を出すよくばりさんや、
スミス!リード!
え、もう亡くなってるの?というよくわかってない人(あとで怒られそう)も出てきて、混沌を極めていました。
が、最終的には一昨年の定期演奏会から去年一年間とさんざんお世話になり続けた(→【曲紹介ばいおん】交響曲第二番 Symphony No.2 | 静岡大学吹奏楽団 (shizuoka-windorchestra.com))
長生淳先生にやはりお願いしたい、ということになりました。
そうして最初に依頼のお声かけをしたのが昨年の6月中旬頃。
当時のノートを見返すと我々、めちゃくちゃ厚かましい要求を好き勝手に書いてました。(こんなメッセージ性を、こんな曲調で、この楽器にソロくれ、最後はtuttiで、etcetc…)
そして実際に楽譜が届き始めた今年の4月。
この頃、私たちは(日本中の団体が、でしょうが)、深刻でしんどい状況の中にありました。
アンコン全国、中止。スプリングコンサート、中止。コンクール、中止。活動自粛、サマーコンサートの開催は絶望的。正直泣いたし吐いた。
今の自分たちに何ができるのか。
歯を食いしばって必死に前を向いていることでいっぱいいっぱいだった私たちにとっては、長生先生からこちらを気遣うメッセージと共に定期的に届くこの委嘱作品が活動の指標であり、暗闇の中で唯一灯された明かりでした。
そして6月後半から徐々に練習を再開する中で、
長生先生からこの曲を交響曲第4番とする旨、 副題として「尽きせぬ想ひ」といったものはどうか、というお申し出をいただきました。
以下に当時長生先生にいただいたメールの文面を一部をご紹介します。
(略)曲名についてですが、私の中では交響曲第4番、と考えております。そして、副題として、たとえば『尽きせぬ想ひ』“Inexhaustible Longing”といったものはいかがでしょうか。
(略)冒頭からの「よい」状態から、辛い状況に陥り、そこから元に戻るだけではなく、その先へ、もっともっと高いところへ、と目指し続ける、そういう曲でありたいと思っていまして、となるとやはり「不尽」という言葉が似つかわしいように思われるのです。
(略)「想ひ」は、和歌では「ひ」が「火」につながり燃え上がるような気持ちを伝える、という話しを読み、このように旧仮名で表記したいと思っております。
『尽きせぬ想ひ』
「不尽」という言葉は「富士」の由来の一つとも考えられておりまして、
竹取物語で帝がかぐや姫のことを想いながら富士の頂で不死の薬を燃やした煙が高々と天に昇っていく様子を思わせる(詳しくはggってください)ような、
素晴らしくリリカルでポエティックなタイトルだと思いませんか?私は思います。
筆者個人的には「想い」を“Longing”と訳すあたりにも長生先生のこだわりを感じずにはいられません。
まあ語り出すと止まりませんので、ここらで曲の中身の話に参りましょう。
先述したように6月後半から少しずつ練習を進めてきたこの曲。
ムズイ。ガチでムズイ。
去年の交響曲第2番でもヒィヒィ言っていた我々ですが、それすら可愛く思えるレベルでキッッッツイ。病み上がりでやる曲じゃない。マジで。
想いが尽きる前に体力が尽きる。(尽きせぬ想ひってそういう…)
まあ難易度の話ばっかもアレなんで曲紹介にいきます。
全体は一楽章約8分×三楽章構成の作品であり、一楽章はPomposo(豪華・荘重)に始まります。
スネアの打ち込みから始まり、駿河(SURUGA)にちなむ主要動機を組み込んだ明るいフレーズが壮大に奏でられると、その勢いを殺さずAllegro con brio♩=160に突入します。
序盤は不穏さを感じさせながらも基本は明るい響きの中で進みますが、途中から不穏さを隠し切れなくなり、遂には悲劇的な曲調にまで至ります。吹いてる方も大変だが聴いてる方も大変。
二楽章も一楽章の暗い余韻を引きずった状態に始まり、度々テンポの揺らぎを見せながら、迷いながらも暗闇に立ち向かうようなPiu mosso八分の九拍子に入ります。
やがて盛り上がりがピークに達すると、悩ましげなファゴットソロを挟んで、クラリネットによる祈るようなメロディが奏でられます(エモポイント)。しみじみとした情緒が全体に広がり、感傷的な情動は一度最高潮に達しますが、最後はまた少し不穏な空気を残して曲を閉じます。
三楽章は最終楽章ということもあり、他の楽章より曲として単体で完結しているといえるかもしれません。
♩=168ca.のAgitatoで始まり、低音主体の破壊的で重たいフレーズからさまざまな表情を見せながら徐々にテンションを高め、次第に明るく変調していきます。
そして盛り上がりが最高潮に達した所で、一楽章冒頭Pomposoのテーマが拡張再現されると、Con sentimentoの最後の歌い込み(ここホント泣ける)を経て、一気にテンポをあげてエンディングへと突入していきます。
エンディングはまさに圧巻。
先へ、さらに遠くへ、遥かな高みへと、際限なく登りつめていく凄まじい追い込みで、一・二楽章で溜め込んだ負のエネルギーをすべて昇華させ演奏が終わるとカタルシスのあまり全員倒れてしまいそうなくらい、
感情という感情を根こそぎ持っていってしまうようなエネルギーを持った作品です。
長生先生も製作に時間をかけた分クオリティには自信があるとおっしゃってくださいましたが、長生作品特有の緻密なオーケストレーションはもちろん、掘っても掘っても底が見えないアナリーゼしがいのある楽曲構成、製作背景なども含めて、近年の邦人吹奏楽曲中でも屈指の傑作ではないかと思います。あくまで主観ですが。
さて、好き勝手書いてたら滅茶苦茶長くなってしまいましたのでそろそろまとめに入ろうと思います。
長生先生が曲を書いている途中で、コロナ禍の情勢を鑑みてさまざまに修正・推敲の限りを尽くしてくださったように、この曲は委嘱した当初の私たちの思惑を遥かに超えて、私たちSUWOにとってはもちろん、この世の中にとって重く大切な意味をもつ作品となるのではないかと思います。
これだけ長々(3,000字←草)と書いてもまだまだ曲の全容の紹介には至っていませんが、
演奏会当日はなんと長生淳先生がいらっしゃいまして、
ご本人に直接お話を聞いて、
ご本人の自作自演で
世界初演を聴くことが出来ます。
一体この世界のどこに聴きにこない理由があるというのでしょうか?????
コンサートまであと2週間、この「尽きせぬ想ひ」に、私たちの能う限りの想ひを込めていきたいと思っておりますので、是非多くのお客様にご来場いただければ幸いです。
あとは情勢的に保ってくれることを祈る限り。(私たちも感染症対策には細心の注意を払って活動しておりますので、ご来場予定の皆さまもそうでない方も体調には本当にくれぐれもお気をつけください。)
整理券お申込みは5日(土)まで受け付けております。まだの方はくれぐれもお忘れの無いように!!!!
ラストばいおん しにだ